
梅雨も明けて本格的に暑い夏が始まったようだ。
ワンマンの時にもお伝えした通り今年中にもう一枚音源を出せるようこの夏は楽曲制作期間に入ります。
どんなに外が晴れていようが学生たちが夏休みで浮かれていようが、我々は薄暗いスタジオに篭って
「あーでもない、こうでもない、ろくでもない…」
とつぶやきながら黙々と作業に勤しみます。
別に愚痴を言ってるわけではありません。
こうやって好きな事をやらせてもらってる訳だから、どんなに悩もうが凹もうがそれはとても幸せな事なんだと思います。
頑張らねば。
最近「告白」という小説を読みました。
映画のほうは観てないんだけど小説はかなりオススメです。
何か人間の心の闇というか、そういう部分が色濃く出ています。
この物語に救いは一切無いです。
それでも興味のある方はぜひ。
たまに本屋で世界各地の名所の写真集を立ち読みするんだけど、本当にこんな綺麗な場所が地球上に存在するのか?と思わず疑ってしまう。
頭の中で想像旅行してみてもやはり百聞は一見にしかず、直接目で見てそして触れてみたい。
そんな妄想トラベルが最近のマイブーム。
やっぱり自分の欠点って誰にも見られたくないし、できれば隠し続けたい。
もちろん俺もそう。
だけどね、ふと思った。
人間のどこが好きか?ともし聞かれたら、俺は人間の欠点が好きだときっと答える。
この世に完璧な奴なんているはずなくて、誰でも必ずどっか欠けてる部分があると思うんだよ。
そういう欠けてる部分が何かの弾みでチラッっと見えた瞬間、俺はその欠点がすごく愛おしく思えてしまう。
かなり矛盾してるんだけどさ。
そして自分のあまりの日記の書いてなさに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
まぁ実際どのくらいの人たちがこの日記を読んでくれてるのか定かではないけど、でも一人でも読んでくれている人がいるのならもっと頑張って書かなきゃいかんのです。
自分で自分に言ってどうするって感じですが、とにかくごめんなさい。
松本
ホームページへの沢山の書き込み本当に感謝です。
全部読ませてもらってます。
ありがとう。
ここのところずっとジョギングを続けていて、まぁそんなに大した距離を走るわけじゃないんだけどさ、それでも鈍った体を鍛え直すにはちょうどいい運動になるんです。
少しずつ体力に余裕が出てくれば次第に回りの景色も楽しめるようになってきて、これは来年辺り本当に東京マラソンに出場できるんじゃねーか?と少し調子に乗ってしまった。
まあ東京マラソンうんぬんは別にして、自分の体力作りのためにもジョギングは続けて行こうと思う。
街角で何かしらの募金活動を目にすることが皆もよくあると思うんだけど、うちの最寄りの駅前でもボランティアの方々が募金活動をやってたんですよ。
チラッと見た感じでは何やら8歳くらいの難病の子供がいて、その子の治療費が1億円ほど掛かるらしくそのための募金活動のようだった。
だけどね、回りの通行人の方々は完全に素通りですよ。
そういう俺も申し訳ないと思いながらも足早に素通り。
この現象は一体何なんだろうかと思う。
確かに今不景気だから他人のことまで構ってられないってのももしかしたらあるのかもしれない。
だけど例え100円でも10円でも気持ちとして募金することは可能なはずじゃないですか?
なのにそれが出来ない。
チキンな俺の意見としてはね、募金した後にそれを見た回りの通行人から
(あー、あの人良い人なんだな)
とか、
(なんだあいつ、善人ぶりやがって)
とか、勝手な思い込みなんだけど何だかそんなふうに思われてる気がして、それが嫌で募金できない。
そしてそれに追い打ちをかけるかのごとく募金した瞬間に鳴り響く
「募金ありがとうございまーす!」
というボランティアの方々の大声。
もうね、本当のこというと
“こうこう、こういう理由で治療費がいくら必要です。募金宜しくお願いします。”
みたいなことを書いた看板の横に募金箱を置いてくれてればそれでいいと思うんです。
そのほうが俺みたいな被害妄想野郎でも断然募金しやすいと思うんだな。
まぁそんなやり方でもしなけりゃ募金が集まらないっていうのも悲しい話なんだけどさ、だけどそれは募金を募る側にも少なからず問題があると思う。
例えば俺がいくらか募金したとして、最終的に集まったお金は何にいくら使ったとかの明細や、何よりその後病気の子供は元気になったのかどうか等の情報をどうして教えてくれないんだ?
募金したら、はいそれで終わり、ではない気がする。
それではこちらとしてもただの自己満足で終わってしまう。
テレビや新聞やネットや、その後どうなったのかをこちら側に伝えるための方法はいくらでもあると思う。
勿論そういうふうにちゃんと公表している方もいるとは思うんだけど、それにしても街角で見かける募金活動の数と、その後どうなったのかを見聞きする機会の比率が違いすぎているのも事実なんだよ。
それとこれはまた別の話になってしまうんだけど、集まった募金の残りで星の命名権を買って、治療虚しく亡くなってしまった自分の子供の名前を付けるなんて論外です。
遺族の心情は痛いほど分かるけど、なぜその余った募金を次に待ってる人に回さないんだ?
そんなことを言いつつ、次こそは俺も勇気を振り絞って一歩踏み出そうと思う。
気持ちだけでもいいから募金しようと思う。
募金したからって”良い人”だとか”優しい”だとか、まずはそういうのから無くしていこう。
募金という行為が当たり前になるような、そんな日がいつか来ればいいと思う。
松本
終わった。
終わってしまった。
Y○Uツアーファイナルがついに終わってしまった。
沢山のご来場本当にありがとうございました。
実際蓋を開けてみないことには我々としてもどれくらいお客さんが入っているのか分からない部分もあって、だけどステージに上がった瞬間目の前には沢山の笑顔があって最高に幸せな時間でした。
もうありがとうって言葉しか思い浮かばんよ。
「終わり」とは同時に「始まり」でもあって、AJISAIもまたここから歩き出して行きます。
もう脇目も振らず猛ダッシュみたいなことは出来ないバンドなんだけどさ、だけど亀のようなスピードでも一歩ずつ着実に踏み締めて歩いて行きます。
亀だってウサギに勝てるんだ。
ファイナルのライブが終わって帰りは電車だったんだけど、何か電車に揺られていつもの帰宅ラッシュに揉まれてるとさっきまでの時間が夢のように感じます。
さっきまで人前で歌ってた俺と今満員電車に揺られてる俺は本当に同じ人間なんだろうか?ってね。
だけどどっちも現実なんだ。
どっちも同じ人間で俺は俺なんだと。
みんなに会えて良かった。
人ってこんなに温かいんだな。
ありがとう。
松本